
事例で理解できる!配偶者居住権および配偶者短期居住権の新設を解説
2020-01-10
相続法の改正の中でも最大の目玉である「配偶者居住権及び配偶者短期居住権」の規定が令和2年4月1日に施行されます。
ここでは、この2つの権利が新設された経緯と権利の基本的な内容を説明します。
新制度が設けられた経緯
まずは新制度が設けられた経緯を、事例をもとに解説していきます。
相続の発生
ここに夫(80歳)、妻(78歳)、子(長男)、子(長女)の4人家族があるとしましょう。
夫婦は夫が所有しているマンションに居住しています。子2人はそれぞれ独立し、別の場所で家庭をもっています。
夫はこの2年間病気がちで、定期的に通院していましたが、亡くなってしまいました。夫が死亡すると相続が開始します。誰が相続人になるのかは民法に規定があり(民法887条以下)、この場合、妻と子2人が法定相続人です(遺言がある場合は遺言に従うことになりますが、ここでは遺言はなかったこととします)。
法定相続分も民法に規定があり、妻が2分の1、子2人で2分の1(子は2人ですから、各4分の1)となります(民法900条)。
夫が死亡したときの夫の所有財産が相続財産となり、妻と子2人が相続するという形で承継します。夫の相続財産は、マンション(時価3000万円)と銀行預金1000万円だとしましょう。この合計4000万円に相当する相続財産を、妻と子2人が法定相続分の割合で相続することになります。
子2人は独立して家庭を持っていますので、相続財産であるマンションは特に必要ないでしょうが、妻はこれまでどおりマンションに住み続けたいと考えるでしょう。
そこで妻がマンションを相続し、子2人が銀行預金を相続するとします。相続財産の合計額は4000万円ですから、妻が取得できる相続財産は2000万円分ということになります。ところが、妻がマンションを取得してしまうと、1000万円分多く取得することになります。
そうすると妻はマンションを取得する代わりに、子2人に対して合計1000万円を支払わなければならない計算になります。
この金銭を代償金といいます。子2人は相続財産である銀行預金1000万円と、妻から支払われる代償金1000万円を分け合うことになります。
配偶者の保護が必要に
しかし、この家庭には銀行預金は1000万円しかありませんので、年金しか収入がない妻はどのようにして1000万円を工面すべきか困ってしまいます。最終的にはマンションを処分することにもなりかねません。これでは妻の居住建物を確保できません。
これが従来の相続制度です。つまり、配偶者である妻は居住建物を確保するのが困難になるケースが多かったのです。
この配偶者の居住建物を確保する制度の必要性がクローズアップされ、民法の改正作業が進められました。そして、配偶者居住権及び配偶者短期居住権という新しい制度が作られて、令和2年4月1日に施行されることになりました。
配偶者居住権とは
配偶者居住権は、被相続人の配偶者が、終身又は一定期間無償で居住建物に引き続き住めるという権利です。
設例にあてはめると、妻が被相続人である夫と共に居住していたマンションにそのまま無償で住める権利ということになります。
成立する要件
配偶者居住権が成立する要件は、新設された民法1028条に規定されています。
配偶者が、相続開始時に被相続人の所有建物に居住していたこと
設例では、配偶者が、相続開始時(被相続人が死亡した時)に、夫の所有するマンションに居住していたことが必要です。
遺産分割によって配偶者が配偶者居住権を取得すること
妻及び子2人が遺産をどのように分けるかを話し合って、配偶者である妻が配偶者居住権を取得してマンションに住み続けることに合意することが必要です。
なお、遺贈(遺言による贈与)や死因贈与(被相続人の死亡を条件とした贈与)によって配偶者居住権を取得する場合も同じです。
効果
建物全部について無償の使用収益権を取得
設例でいえばマンション全てを無償で使用できる権利を取得します。収益権も認められますので、仮に建物の一部を他人に貸していて家賃収入があるようなときは、その家賃収入も配偶者が取得することになります。
存続期間については、遺産分割協議、遺贈又は死因贈与で期間を定めた場合はそれによりますが、特段定めがないときは終身の使用収益権が認められます(民法1030条)。
配偶者居住権の消滅
配偶者居住権は、期間の満了、配偶者の死亡などによって消滅します。また、ウの付随する義務違反によって消滅する場合もあります(民法1036条)。
配偶者居住権は、遺産分割協議の結果、配偶者がそれを取得することが必要なわけですが、この際問題となるのは配偶者居住権をどのように評価するかです。
設例でいえば、マンションの評価額は3000万円です。これはマンションを買い取る場合の価額です。したがって、使用収益権である配偶者居住権が3000万円を上回ることはありませんが、いくらと評価するかです。
配偶者居住権を新設した趣旨は、被相続人の配偶者の居住建物を確保しようというものですから、なるべく低額に評価すべきものという考えもあるでしょう。
一方で他の相続人(設例でいえば子2人)の相続権とのバランスも考慮する必要がありますので、無償同然に低額にすることも適当ではないでしょう。このあたりは令和2年4月以降の実務の運用を見ていく必要があります。
配偶者短期居住権とは
配偶者短期居住権は、配偶者居住権が認められるまでの暫定的な権利ということができます。
設例では、相続財産はマンションと銀行預金だけとしましたが、現実には相続財産としてどのような財産があるのかを調査するのは、思いのほか時間がかかるものです。
銀行口座を一つしか持たない人は少ないでしょう。複数の口座を持っている場合、各銀行口座の預金すべてが相続人に明らかになっているとは限りません。
内緒で貯金(へそくり)をしていることがあるかもしれません。また、相続財産が明らかになったとしても、その分割方法についての話し合いがスムーズに進むとは限りません。遺産分割協議が調わないために、家庭裁判所に遺産分割調停の申立てをすることもあります。
この間、配偶者の居住建物を暫定的に確保しないと、配偶者の生活が不安定になってしまします。これを避けるために配偶者短期居住権が新設されました(民法1037条)。
成立の要件
配偶者が、被相続人の所有建物に相続開始時に無償で居住していたことが要件です。
効果
・建物全部についての無償の使用権が認められます(配偶者居住権と異なり、収益権は認められません。)。
・存続期間は、遺産分割の結果、居住建物の帰属が確定した日又は相続開始の時から6か月を経過する日のいずれか遅い日までとなります。
また、配偶者短期居住権消滅の申入れの日から6か月を経過する日となる場合もあります(民法1037条3項)。
・配偶者短期居住権の消滅
配偶者短期居住権は、期間の満了、配偶者の死亡、配偶者居住権の取得、付随する義務違反などによって消滅します。
まとめ
以上が新設された配偶者居住権及び配偶者短期居住権の大枠です。少子高齢化社会において、被相続人に旅立たれた高齢の配偶者が被相続人亡き後も安定した生活を維持できるように新設された権利であり、その目的に適った実務の運用がなされる必要があるでしょう。